2017.1.2箱根駅伝をワンセグで見る。


箱根駅伝を見るとお正月気分になる。かって小さな頃は北海道の木札の百人一首を家族で大晦日から連日するのが
お正月だった。小学生の頃は5枚。それが段々増えて行った。3人一組で相対するので読み手を入れると7人の対戦になる。
我家は7人家族だったので小さな小学生も数に入った。取り札は部屋のあちこちに飛び札はぐちゃぐちゃになったが
それが醍醐味だった。12月の母の命日には木札の百人一首も供えた。きっと百人一首に興する声が部屋の中に流れていた
に違いない。いまも甦ってくる日々である。


母の命日には供花も用意したが小桜インコの杢がゲージから出たと思うとお花に近づいて行った。早速噛んでみている。
動画を撮ってみたがきょうはロトトが出現してアップするとエラーになってしまった。
アンネの部屋からはこうしてダウンと話声が聞こえる。納得である。


iMovieからはアップ出来ずiTunesから画質は悪いがお稽古のつもりで。


画質を上げても再生すると戻ってしまうのは何故か?ロトトボタン!





2017.1.5
窓からガス屋さんの車が見えた。宮本商産に頼んでいたと思っていたがホームエネルギーという会社だった。幕別の会社だ。
私は小学1年から4年まで幕別で過ごした。駅裏にはニッタベニアという当時は珍しいベニア<合板>の会社があった。いまは
資料館ができた。1度訪れたときには知らなかったたくさんのことに出会った。柏の木からタンニンを取り出し大阪へ皮なめし
の為に送っていたのである。どれほどの柏林がタンニンに化け革となりまた人々の暮らしを守ったのだろうか。いま私は強いレーザー
照射からこの革で守られているのだから。

駅裏にはかっては蓄木場だったのかもしれないがひろい柏林があった。雨が降れば水たまりとなり秋にはアキアカネでそこに立つと
顔一面にトンボがぶつかる十勝の豊かさそのものだった。私の生涯の中でも忘れ得ぬ光景だった。日がなトンボに囲まれて過ごした。
虫が好きなのはこんな日々のお陰かも知れない。