2017.11.2/冬囲いの季節。おびひろはこれからも暖かい。

■石狩や喜茂別のように急ぐことはない。雪が多い訳でもなく日中の気温は高い。





家の測量をした8月下旬には向いの空き家の角にコスモスが咲いていた。ここには誰が植えているのか

毎年花が植えられている。去年まではマーガレットだったが今年はコスモスだった。NHKラジオでは毎日今日の花花言葉という

コーナーがある。聞いた事もない奇妙な花も多い。出典の説明はない。それにしても花に寄せるなにがしの意味またはサインが在るのだろう。

去年まだオバマ大統領だった頃、彼がトルコを訪問したことがあった。小さな二人のこどもが美しい民族衣装で歓迎の花束を差し出した。比較的ちいさな愛らしい花束でその時に驚いたのがマーガレットに囲まれた花束だったのだ。

今年のコスモスはその後誰かに根元から切り取られ地面に置かれたままだった。


慌ただしくお盆も過ぎた頃、半分家猫のようになってきた野良の子唸りとキジ。1歳になり大人びてきたが

それでもまだ幼かった。大人猫が徘徊し時折けんかになっていた。キジが向って行き小さな時に足を傷めた唸りが逃げるが定番になっていた。今までは大人猫も多めに見てくれたが1歳になりそうはいかなくなった。怪我をして大丈夫かと思う程弱って帰ってきた。3.4日飲まず食わずただじっとしている。唸りも近づかない。身体は小さく筋肉も無くなって骨がごつごつしている。自分の持っていた体力全てを使ってなんとか越えていった。ようやく自分で食べ始めた時唸りは寄っていって顔をなめて上げた。この絶妙なよかったねの挨拶は考えさせられた。こっちはなんにもできないのに大丈夫と日がな付き添っていた。



峠を越えたと思った時のキジである。しかも回復もそう簡単ではない。ようやく少し歩けるようになった穏やかな日にキジは向いの草原に入っていった。なんと後から唸りが寄り添っている。無理だと判断したのだろう。






コンフリーの中にキジと唸りが居た。直2匹は家に帰ってきた。

この間何度もキジが死ぬのではないかと思った。そんな死線を越えて来た。いままでは兄さん猫として唸りを守りこれからはその役割は唸りが担う。